気がつけば、緑。

シゲアキと相葉ちゃんが好きなアラフォー。

お久しぶりです。(完全に個人的日記)

いつぶりだろうか?
相葉ちゃんの誕生日以来だから、もう2ヶ月以上も前に更新したきりだ。
今日は、私的なことがほとんどですし、愚痴も盛りだくさんなので、見たくない方はスルーを。
他に書くところがないのでここに書きます。(記録的な)
















更新出来なかったのは、母が亡くなったから、というか、それがきっかけです。
相葉ちゃんの誕生日の日のブログは、これだけは書きたかったので書いたけど、初めは49日を過ぎるまでは〜と思ってたら、あれよあれよという間に春になりかけになってしまいました。

人が死ぬところに、生まれて初めて付き添いました。
救急車で運ばれたと連絡を受けて、なんとか間に合いました。
私が行った時には、もう既にほとんど意識がなく、私って分かってるのかな?って感じでした。
直接的な表現は避けますが、じわじわ人が弱っていく所を見るのは、母であるために余計に辛かったです。
私は親孝行な娘であったろうか、お母さんの人生は幸せだったのか、今では分からないけど、私はお母さんがお母さんでよかったと思います。
私の性格のほとんどはお母さんに似ていて、考え方も似ていました。

普段からマメに連絡することはあまりしなかったけど、亡くなる半年前(余命言われた時からは)マメに連絡とるようにしてました。
今でも、まだLINEしたら返事来るんじゃないかとか、でも、最後らへんは、スマホも見れなくなってたからなあとか。
医者に年越せるかな?と言われてたのですが、本当にそれくらいで亡くなったので、医者ってやっぱりすごいなと思いました。

お葬式、家族葬にしましたが、義母がやって来ました。遠方だしお断りしたんですけど…まぁそれはいいんです、お気持ちなので。
でも、先日義母の母が亡くなったのですが、それは来なくていいと言われて、旦那だけ行きましたけど。
義母は自分の思うとおりにならないと怒るので、もちろんその通りにしましたけど。
なんだかなぁ〜。

後、母のお葬式で最後にお棺に花入れたんですが、その時に義母に話しかけられました。
その言葉に私は声を出して号泣してしまいました。言われたくなかった言葉でした。
義母としては、悪気はなかったんでしょうけど、私にとっては胸に突き刺さる言葉でした。
なぜあの場で言わないといけなかったのか、後で落ち着いてからでもいいじゃないか。
意味がわかりません。

母が亡くなって、愚痴を言う相手がいなくなったのが、一番寂しいです。
困った時に頼りにしてたのも母だったので、今は母の姉に当たるおばさんにいろいろ聞いてます。

息子の病気の時にはお母さんには本当にお世話になりました。
病気がわかった時に、お母さんに電話したら号泣してしまって(その時は脳腫瘍としか聞いてなくて)、お母さんに「あんたがしっかりせんとどうするの!しっかりしなさい!」と叱られたことはすごく覚えてます。
あの時に叱ってくれたのはお母さんだけでした。
あれがなければ、メソメソしていたかも知れません。


もう会えないけれど、いつでも私の心にはお母さんがいます。答えてはくれないけど、お母さんならどうするかな?っていつも思います。
私もお母さんのようなお母さんになりたいといつも思っています。